Ableton Moveは、Abletonが開発したコンパクトな音楽制作デバイスです。
単体で動作するスタンドアローンモードと、PCと接続してAbleton Liveのコントローラーとして使える「Control Live Mode」を備えており、外出先からスタジオまで幅広く活用できます。
上位機種であるPush 3と比べると、Moveはトラック数や処理能力に制限があるものの、より小型で価格も抑えられており、「持ち運びやすい制作メモツール」としての立ち位置が強調されています。Push 3が本格的な制作・演奏の中核を担うのに対し、Moveはアイデアスケッチやフレーズ作りを気軽に行える点が特徴です。
また、同カテゴリに位置づけられるハードウェアとしては、Akai MPC OneやNovation Circuitシリーズが挙げられます。これらはサンプラーやシーケンサーとして強力ですが、Ableton MoveはAbleton Liveとの親和性の高さが大きな違いです。Liveユーザーにとっては、PCなしでスムーズにアイデアを形にし、後からLiveに持ち込めるという点が大きな魅力となります。
2024年のリリース以来、Moveは2〜3か月ごとに小〜中規模のアップデートを積み重ねており、着実に進化しています。2025年9月には最新のバージョン1.6が公開され、さらに次期バージョン1.7のベータも登場しました。本記事では、まず1.6の内容を整理し、その後に1.7ベータと過去のアップデートの流れを振り返ります。
1. 最新アップデート 1.6
2025年9月2日に公開されたバージョン1.6は、日常的に使う上で便利な改良が中心です。
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ドラムラックサンプルのリバース再生
Shiftキーとジョグホイールを組み合わせて、サンプルを逆再生できるようになりました。シンプルですが、サウンドデザインの幅が広がります。
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Move Manager経由でのセット転送
これまではAbleton Cloudを経由してセットをMoveに移す必要がありましたが、バージョン1.6からはPCのMove Managerを使って直接本体にコピーできるようになりました。Move Managerの「Sets」タブにLiveのプロジェクトをドラッグ&ドロップするだけで転送でき、関連するサンプルも自動的にMoveのブラウザに表示されます。クラウドを使わずに素早く確実にセットを持ち運べる点が大きな改善です。
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USB-A MIDIデバイスの利用
Control Live Mode中にUSB-A端子へ接続したMIDI機器を、PC側で「Ableton Move (External Port)」として認識可能に。USBハブを使えば複数台の利用も報告されています。
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ディスプレイのリフレッシュレート設定
動画撮影時のフリッカーを軽減する目的で、表示のリフレッシュレートを調整できるようになりました。
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コアライブラリの更新
「Sliced Loops」カテゴリの追加と、新しいループサンプルが収録されています。
2. 次期アップデート 1.7 ベータ
2025年9月3日には、バージョン1.7.0b1がパブリックベータとして公開されました。今後の方向性を示す内容です。
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Driftシンセのパラメータ操作
Ableton Liveで特に人気の高いソフトシンセ「Drift」の直接編集が可能になります。マクロに割り当てられたパラメータはロック表示されるなど、UI面も工夫されています。
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画面輝度の新設定
「Dim」「Min」といった低輝度設定が追加され、暗所や夜間での使用が快適になりました。
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ライブラリ追加
Tamuzによるアコースティックドラムラック2種と、Driftの新しいテンプレートプリセットが加わります。

3. 過去のアップデートの歩み
Moveは発売以来、短い間隔での更新が続いています。
1.5(2025年6月)
サンプルのスライス機能やAuto Filterの追加により、サウンドデザインの幅が広がりました。MIDI Sync受信や入出力の同時アクティブ化にも対応し、外部機材とのやり取りも柔軟になっています。
1.4(2025年3月)
In-Key Modeに4thsレイアウトが追加され、演奏性が向上。トラックごとに色を変えられるようになり、セッションの視認性も改善しました。
1.3(2025年2月)
USB-C経由のオーディオ録音やポリフォニックアフタータッチ送信など、制作環境を一歩広げる機能を搭載。ソロ機能の追加により、トラックの確認や編集もしやすくなりました。
1.2(2024年12月)
MIDIクロック送信に対応。Moveを中心に外部機材を同期させることができるようになり、ライブでの使い勝手が大きく向上しました。
1.1.2(2024年10月)
Control Live Modeが初めて導入され、Ableton Liveとの連携が可能に。同時にアルペジエイターや16 Pitchesレイアウトも加わり、スタンドアローン使用時の表現力も拡大しました。
4. Moveでまだできないこと
ここまで頻繁に機能追加が行われてきたMoveですが、現時点ではまだ制約も少なくありません。
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トラック数の制限
スタンドアローンでは最大4トラックまで。大規模な楽曲制作には不向きです。
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オーディオループ/タイムストレッチ非対応
サンプルを伸縮させたり、複雑なオーディオ編集を行う機能は搭載されていません。
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サードパーティ製プラグイン非対応
内蔵音源やエフェクトは使えますが、VSTやAUなど外部プラグインは使用できません。
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細かいエディット機能の不足
クリップビューやアレンジメントビューに相当する機能はなく、詳細な編集はPC上のAbleton Liveに持ち込む必要があります。
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外部接続の制約
USB-A経由のMIDI機器利用は進んでいるものの、オーディオインターフェースや外部ストレージなどはサポートされていません。
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パフォーマンス面の限界
Push 3のようにライブ演奏を完結させる機能は備えておらず、基本的には「アイデアスケッチ」「ラフ制作」に適した設計となっています。
5. 総括と展望
Ableton Moveは、登場からまだ1年足らずのデバイスでありながら、2〜3か月ごとの着実なアップデートによって機能を拡張してきました。最新の1.6では日常的に便利な改良が中心で、1.7ベータではDriftシンセ対応など、より本格的な音作りに踏み込んでいます。
一方で、トラック数の制限やオーディオ編集機能の不足、外部接続の制約など、まだPush 3や他のハードウェアと比べてできないことも多く残されています。現状では「ラフ制作やアイデアスケッチに適したポータブル機材」という立ち位置が明確です。
それでも、短いサイクルで改善が続いていることを考えれば、今後も機能が充実していく余地は大きいでしょう。Ableton Liveとの親和性を生かしつつ、より柔軟なスタンドアローン制作環境へと進化していくのか、次のアップデートにも注目が集まります。
Moveの魅力とは?
Moveの魅力は、どこでもすぐに音楽制作を始められる手軽さにあります。小型ながらスタンドアローンで動作し、アイデアを逃さず形にできる点は、他のハードにはない強みです。さらに、Ableton Liveとのスムーズな連携により、モバイルで作った断片をそのまま本格的な制作へとつなげられます。Push 3のような大規模な制作機材とは異なる方向性で、「持ち運べるクリエイティブ環境」としての存在感を確立しつつあるのが、Ableton Moveの一番の魅力だと言えるでしょう。

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