2025年10月
Steinbergが、長年音楽制作の標準フォーマットとして君臨してきた VST(Virtual Studio Technology) の開発キットをオープンソース化しました。
VST3 SDK(Version 3.8)は MITライセンス に、
そしてオーディオI/O規格である ASIO SDK には GPLv3ライセンス が追加。
この2行だけ見ると地味なニュースですが、
これは音楽制作の世界にとって静かだけれど確かな転換点です。
なぜなら、いま私たちが使うプラグイン、ソフトシンセ、DAWのほとんどが
VSTという“共通言語”の上で動いているからです。
そのルールブックが、初めて完全に自由な共有資産になったのです。
VSTとは何か:音楽制作をつないだ共通言語
VSTは1996年、Cubaseの開発元であるSteinbergによって生まれました。
当時はDAWごとに独自仕様が乱立し、プラグインも互換性がありませんでした。
VSTはその混乱を終わらせ、初めて「共通規格」という概念を音楽制作にもたらしたのです。
以来、VSTはシンセサイザー、コンプレッサー、EQ、リバーブなど、
無数のサードパーティ製プラグインを支える基盤となり、
Ableton Live、FL Studio、Bitwig、Reaper、Studio Oneといった主要DAWの共通土台となってきました。
今回の発表で何が変わったのか
今回のMITライセンス化により、
VST3は契約不要で誰でも使える規格になりました。
改変・再配布も自由で、残すべき条件は「著作権表示」だけ。
これまでVST3を使って商用製品を作るには
Steinbergとの開発契約が必要でしたが、その制約は完全に撤廃されました。
Sonic State はこの動きを「開発者間の協力を促進し、
オーディオテクノロジーコミュニティ全体の前進を後押しするもの」と評価。(Sonic State)
CDMのPeter Kirnも、「これはCLAPやLV2のような既存オープン規格と対立するものではなく、
むしろ“開かれた文化を共有する動き”」と述べています。(CDM)
ASIO SDKのGPL化:配信と録音の未来も変える
もうひとつの重要なニュースが、ASIO SDK(低遅延オーディオドライバ)へのGPLv3ライセンス追加です。
これにより、OBS Studioなどのオープンソース配信ソフトがASIO対応を公式に実装しやすくなりました。
Steinberg自身もOBS Projectのスポンサーとなり、制作・配信・録音を横断するエコシステム作りを進めています。
Windows環境でも低遅延オーディオがより民主化され、「作る」と「届ける」の距離が確実に縮まっていくでしょう。
いま業界で起きていること
音楽テクノロジーの世界では、ここ数年で静かな変化が起きています。
それは一言でいえば、
「囲い込み」から「共有して広げる」へ。
かつて多くのメーカーやソフトウェアは、自社システムの中だけで動作する“閉じた環境”を築いていました。
特定のDAWでしか動かないプラグインや、他のソフトと共有できないライブラリ——
そうした囲い込み」が長年続いてきたのです。しかし今、流れは確実に変わっています。
VST3やASIOのオープン化をはじめ、u-heとBitwigによるCLAPの登場、AlphaTheta(Pioneer DJ)のOne Library構想、
そしてMIDI 2.0やMPE対応の普及など、各社が“つながる仕組み”を前提に動き始めています。
ツール同士がつながることで、音楽を作る環境そのものが変わりつつある。
かつては“どのソフトで作るか”が制約でしたが、いまは“どう共有し、どう届けるか”が焦点になり始めています。
“閉じた庭”の中で完結していた制作が、誰もが参加できる“共有の空間”へと広がり始めている——
VST3のオープン化は、その象徴的な出来事なのです。
まとめ
VST3やASIOのオープン化は、開発者のための技術的な出来事であると同時に、
私たちユーザーにとっても静かな恩恵をもたらします。
より多くのプラグインが登場し、どの環境でも安定して動作することで、
音楽制作の自由度が確実に広がっていくでしょう。
ただし、それ以上に重要なのは、
企業が長年握ってきた規格のルールを手放したという事実です。
音楽制作を支える基盤が、ひとつの企業から業界全体へと引き継がれた。
2025年は、音楽テクノロジーが“囲い込みの時代”を抜け出し、
“共有の時代”へと踏み出した最初の年として記憶されるかもしれません。




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