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これまでのMIDIクロック同期

たとえばコンピューターを2台使ってDAWソフトウェアを同期演奏させる場合、大概はMIDIクロックを使うわけですが、どうもこれがどうも完璧とは言い難い部分があります。なぜならばDAWソフトウェアが生成するMIDIシグナルには「ジッター」問題が存在し、タイミングに揺れが生じてしまうからです。DAWソフトウェアとドラムマシンを同期しても同じことが言えます。ちゃんと指示通に動くには動くのですが、じっと聞いていると所々でタイミングがずれていることに気づき、あとから録音した波形を眺めてみると「あれ?」と思うようなズレを発見し怒り心頭することもあります。レイテンシーのように一定のタイミングで起こる遅延ならば修正にも手間がかかりません。でもジッターの場合は全くランダムなフラつきなので、後からオーディオデータを修正しようとすると何時間もかかってしまうのです。特にテクノのようなカッチリとしたリズムを重視する音楽の場合このような揺れは全く好ましくありません。ライブのような状況ならばなおさらのことです。

 

たとえばAbleton Liveの公式MIDIファクトシートにはこのような記載があります。(ちょっと古い記事ですが)

https://www.ableton.com/ja/manual/midi-fact-sheet/

「ジッター」 とは、システム内の一定しないランダムな遅延をいいます。DAW内部では、これは特に問題となることがあります。システム(MIDI、オーディオ、ユーザーインターフェースなど)内のさまざまな機能は個別に処理されるためです。情報は、MIDIデータをプラグインのプレイバックに変換するなど、ある処理から別の処理へと移動させる必要があることがほとんどです。ジッターフリーのMIDIタイミングには、システムを構成するコンポーネント(MIDIインターフェース、オーディオインターフェース、DAW自体)内のさまざまなクロック間において正確な変換がなされる必要があります。この変換の精度は、使用されるオペレーティング・システムとドライバーのアーキテクチャーなどの要素により異なります。ジッターが生じると、レーテンシーが生じた場合よりもMIDIタイミングがだらしなくルーズな印象を与えます。

私自身このジッター問題について気がついたのは、あるテクノミュージシャンと共同作業をしていたときのことです。私たちは普段通りにAbleton LiveのMIDIクロックを使いドラムマシンを同期していただけなのですが、突然彼はタイミングがフラついていると言うのです。正直、彼はなんて潔癖性なのだろうとその時は感じたわけですが、その後、彼はe-rmのmidiclockというデバイスを導入。するとこの小さなクロックジェネレーターなるものが二つの音源の同期をうまく修正し、音は聞き違えるほどにタイトになり、それはまるで曲がっていた背筋が突然ピンとはったような、そんな印象を受けたのです。

 

4チャンネルのシンクボックスMultiClock

ドイツ・ベルリンのハードウェアメーカーE-RMが新しい4チャンネルのシンクボックスmulticlockを開発しているという話を聞いたのは今年の春のことです。先ほども書きましたが、E-RMのmidiclockというデバイスに大きな衝撃を受けた直後だったこともあり、私の中での期待はかなり大きなものでした。

では、multiclockとはどのような製品なのでしょうか?

multiclockはコンピューター(DAW ソフトウェア)とハードウェア機材(ドラムマシンやシーケンサー、モジュラーシンセ等)の間に嚙ますことによって、だらしないタイミングを修正し、ふたつの同期を精巧に行うものです。またはハードウェア機材のマスタークロックとなり、同期信号の中核ともなります。つまり同期に関してはお任せといったデバイスなのです。

また、MIDI、DIN、Sync/Sync24、アナログモジュラーなど多彩な規格に対応しているので、新旧あわせた様々なハードウェアを接続できるのも大きな特徴です。つまりMIDIの付いていないビンテージマシン(TR-808、606、TB-303など)のコンバーターとしても使うことができます。

 

本体

まずは本体から見てみましょう。multiclockは黒色の頑丈なメタルボックスで覆われています。サイズ的には横幅23cmほど縦幅12cmほど、デザインはごくシンプル、ノブの回し心地からチープな印象は全く受けません。本体左側には4チャンネル分のシフトノブ、シャッフルノブが4つ、ミュート/アンミュートを行えるスイッチが4つ付いています。右側のスクリーンではナビゲーションノブを使いながら入力出力ソースの設定やBPM設定、その他詳細設定を行います。スクリーンのページ数は4ページだけなので混乱することはありません。

本体背面には4つのMIDI OUT端子、オーディオOUT端子がひとつ、MIDI IN端子とオーディオIN端子がひとつずつ付いています。コンピューター(DAW)との同期にはこのオーディオIN端子を使うことになります。オプションでUSB端子を取り付けることも可能で、コンピューターとの同期はもっと簡単に行えることになりますが、今回のレビューでは試していません。

 

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MulticlockとDAWソフトウェアを同期する方法

今回のレビューで私が特に試してみたかったことは、DAWとMIDIマシンの同期です。先にも書いた通りコンピューターという性質上いまの段階で100%完璧な同期はありえないはずです。しかしE-RMの場合、「±1サンプルまでの精巧なタイミングを実現」・・・という発表しています。ではE-RMはどのような方法でこの精巧な同期を実現していくのでしょうか?

multiclockをDAWと同期させるにはオーディオ信号を使います。つまり問題が多いとされるDAWのMIDIクロック信号を使わないところがこのマシンの大きな特徴です。

E-RM 公式ホームページからmulticlockプラグイン(Mac/Windows) をダウンロード、これをDAWのトラックに立ち上げ、プレイを開始すると特製のクロック音が鳴り始めます。ものすごい量のクロック数に驚くのですが、この音をオーディオインターフェイスを介し、multiclockのオーディオINにルーティングすることによってmulticlockとDAWの同期が出来上がります。DAWをプレイするとmulticlockのライトが赤く点滅し始めます。

次にMIDI機材を接続します。multiclockはDAWから受けたオーディオクロックをMIDIクロック信号に変換。ここでマジックが起きます。multiclockは接続しているマシンに正確な同期信号を送り始めます。

multiclockはDIN Sync/Sync 24に対応しているのでTR-909やTR-606を接続することもできます。また、チャンネル1はアナログ信号の送信に切り替えることができるので、モジュラーシンセに同期信号を送ることができます。送信信号の切り替えはmulticlockのスクリーンで行いますが、すぐに覚えることができる簡単な操作です。機材によってはキャリブレーションが必要になりますが、設定後のデータをセーブしておくこともできます。

接続は以上。DAWをスタートすると1小節分の無音状態が作られ準備が揃えられます。そして、タイトなプレイが開始されます。

DAWを使わない場合、multiclockをマスタークロックとして使うこともできます。その場合は、multiclockのプレイ/ストップボタン、BPMノブを使って操作を行うことになります。ちなみにmulticlockは30から300BPMまでのテンポ再生が可能、そして、3/8から32/8までの拍子再生が可能です。

 

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Ableton Liveに立ち上げたMulticlockプラグイン。プレイを始めるとクロック音がなり始める。この音をオーディオインターフェイスを介し、Multiclockに送る。

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multiclockのスクリーン、ここではMIDIモードが選択されている。モジュラーシンセにオーディオシグナルを送るにはモードをオーディオに変更する。

 

 

使用例いろいろ

multiclockの中で私が一番気に入った機能はシャッフルです。本体の各チャンネルのシャッフルノブを回すだけでリアルタイムでシャッフルをかけることができます。例えば、コルグのVOLCA BEATSやTR-808、909のようにシャッフル機能が付いていないマシンにもシャッフルをかけることができる所が嬉しい部分です。ハウス系のテイストの音楽を作るときには本当に重宝します。AIRA TR-8 本体にはシャフル機能が付いていますが、MULTICLOCKを使えば他のハードウェアとのバランスを見ながらシャフルをかけることができて便利です。しかもタイミングが素晴らしく確実なのです。

また、ローランドのAIRA System-1 にMIDIクロックを送信してアルペジオ演奏を行うのも楽しいです。System-1のKEY HOLDスイッチを入れておくと、multiclockの操作に合わせて演奏を行います。もちろんここでもシャッフルをかけることできます。

multiclockのオーディオアウト端子を使えばコルグのミニステップシーケンサー SQ-1と同期することもできます。接続には通常のオーディオケーブルを使います。私はSQ-1のMIDIアウトにDSIのデスクトップシンセMORPHOを接続してみました。SQ-1のシーケンスパターンにはもちろんシャッフルをかけることができます。

シャッフル、シャッフル言ってますが、ここまで簡単に、しかもバッチリとしたタイミングでかかってしまうと病みつき状態になります。それにしてもDAWのシャッフルはひどいなーと実感します。

今度はコンピューター(DAW)2台を同期してみました。私はこれまで2台のコンピューターを同期する際にはMIDIクロックを使っていたのですが、Ableton LiveのBPMカウンターの数値はいつも不安定でした。では、今度はmulticlockを使って同期してみます。マスターDAWとmulticlockをオーディオ接続、そしてmulticlockとスレーブDAWをMIDIで接続します。プレイ。BPMカウンターのフラつきは一切ありません。±0.1ほどのBPMの違いはあるようです。でも聞いた感じはバッチリ。マスターのBPMを変えるとスレーブが追いつくまでに数秒かかりますがこれは現実的な問題ではないでしょう。ではシャッフルをかけてみましょう。あ、これは不可能のようです!!

 

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使ってみて思ったこと

multiclockはMIDIインターフェイスのような地味な存在とは違い、ひとつのインストゥルメントのように操作できるのが魅力です。先ほどからも散々述べていますがノブを回してシャッフルをかけるのは楽しいですし、シフトノブを回すことでタイミングをあえてズラして演奏させるのも実験的で楽しいです。ミュート/アンミュートするスイッチもミキサーをさわっているかのようで重宝します。これまで伝達手段でしかなかったMIDIが突然機敏に動きはじめたかのような印象を受けます。

しかし、multiclockの醍醐味はやはり同期タイミングの素晴らしさです。これを使うだけで曲作りの際の気分が大きく変わってきます。つまり、これまでよりも断然カッチリとしたリズムを作ることができるので、次へ次へと気持ち良く作業を進めていくことができるのです。たかが同期、されど同期、タイトなリズムがこんなに気持ち良いのだと実感できます。

一つ残念だったことは、コルグのVOLCAを使っていた時のことです。指示通りに動いてはくれるのですが、一度ストップしたのちにもう一度プレイを再開するとVOLCAは設定通りのBPMとシャッフル値で動作してくれなくなります。(この問題は現在問い合わせ中)ELEKTRONの機材も同様の問題があったようですが、これはELEKTRONのファームウェアのアップデートによって解決したとのことです。

もし、DAWソフトウェアとMIDI機材の同期で悩んでいるのであれば一度試してみるべき製品です(断言! )。 もちろんテクノミュージシャンの方にも◎でお勧めする機材です。ちょっと頭が痛くなるのは価格です。multiclockは税込で519ユーロ。ただ、これによって音楽制作環境のクオリティが一段上がることは確かです。

 

 

E-RMのCEO Maximillan Rest氏への5つの質問

さて最後に、E-RMのMaximillan Rest氏に5つの質問をさせてもらいました。ドイツ・ベルリンの新進メーカーならではの勢いの感じることができます。

 

Q1. なぜこのようなデバイスを作ろうと思い立ったのですか?

E-RMの設立は2012年、まずmidiclock(MIDIマスタークロック・ジェネレーター)を作ったんだ。多くのアーティストや友達がMIDIクロックの同期で頭を悩ませてるって話をいつも聞いていたから、それが作るキッカケとなった。midiclockに寄せられた多くのフィードバックや要望を基に作り始めたのが、今回のmulticlockなんだ。

Q2.multiclockを作る上で一番苦労したことはどのようなことですか?

成功する製品を作るにはユーザーのニーズを理解して、それをどのように解釈するかが重要だと思う。開発に当たって僕らはまず世界中のアーティストへインタビューを行ったんだけど、そこからmulticlockの何を主要機能にしたらいいのか見出すことは大変だった。大概のアーティストは何が嫌いかってことは知っていて、好きな解決方法を探すのは自分たち次第だって思ってるからね。技術的なところでは、特にインターフェイスやユーザビリティについて考えなければならないことが多くて、これにも時間を費やしたかな。

Q3. MIDIが誕生してから30年以上も経ちますが、現状のMIDIで満足していますか?それともMIDIに変わる新しいシステムが必要だと思いますか?

OSC、MIDI X.X、COpperLanなど、すでに様々な方法が試されているよね。世界中に、ミュージシャンが愛しているビンテージマシンがたくさん存在するんだから、それを未来のMIDIプロトコルを使って改造できるようになればいいよね。音楽のコントロールメッセージを伝えるスタンダードはすでにたくさんあるわけだし、それをちゃんと生成できるハードウェアや、それをちゃんと扱えるハードウェアを僕らが作ればいいんだと思う。

Q4. たとえば、Windows 10に搭載するMIDI APIには「ジッターフリー」という特長が書かれています。またLogic Pro Xの最新バージョンには「MIDIクロックオプションの拡張により外部MIDIデバイスとの同期の互換性を向上」と書かれています。この先コンピューターが進歩すると同時にジッター問題も解決へ向かい、multiclockのようなデバイスは必要なくなっていくと考えていいのでしょうか?

彼らがやっと「同期バグ修正」という宿題みたいな問題に取り掛かって、ちょっとながらでも前進できたのは良かったと思うよ。でも彼らが自慢できるようなことは特にないと思う。少なくとも10年前にやらなきゃいけなかったことだと思う。

もし今後コンピューターソフトウェアやハードウェアが、かつてのAtariやDOSマシンのように正確な信号を生成できるようになったら、それこそ素晴らしいことだとは思う。でも、その頃にはE-RMだってシンセシスやエフェクト、アナログモデリングやシーケンサーなんかも作れるようになってるかもしれないね。どちらにしても近い将来に何かすごいことが起こる可能性はあまり見えてこないな。大きなメーカーはアーティストのニーズに応えるまでに時間がかかり過ぎだと思う。

Q5. E-RMの将来のプランなどあれば教えて下さい。この技術を使ったMIDIミキサーのようなものができたら面白いと思ったのですが。

アイデアはたくさんあるし、プロトタイプも山ほどあるよ。もちろん発表できるようになったらすぐに知らせるよ。

 

 

E-RM

 

2 Responses to 4チャンネル高精度クロックジェネレーター、E-RMのMultiClockを試してみた

  1. Yoichi Shiba より:

    はじめまして。タイミングのいい記事だったのでコメントします。
    MIDIClock+を使っていたのですが、こちらの製品がとても気になったので先週ベルリンで買いました。
    来週帰国なのでまだ使用してませんが、ジャストミュージックの店員の話ではMIDIClock+も接続すれば5台同期も問題ないよ、との事でした。
    ベルリンのスタジオでもかなり評判良いそうです。
    うれしいのはACが100Vから対応なのでコネクタ変換だけで済む事です。
    たた、やっぱり519ユーロは高いですね。
    来週帰国したらじっくり楽しみます!

    • ik より:

      書き込みありがとうございます。Just Musicに行かれたんですね。
      ちょっと高い投資ですが、見返りはきっと大きいはずです。

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