8月29日、オランダのロッテルダムで行われた Dutch Modular Fest に行ってきました。会場は WORM という独立系のアートセンター。出展は35社ほどのマーケットに加えて、モジュラーのライブ、トーク、ワークショップが一日中並行して行われていました。来場者は数百人といったところで、Superbooth や NAMM のような巨大イベントとは規模が違いますが、そのぶん一つひとつのブースにじっくり時間をかけられる、密度の濃い一日でした。
このシンセフェス、私がこれまでに見てきたフェスより一つユニークな点があります。それは会場でスピーカーを使って音を出すことが禁止されていたことです。来場者には前もってヘッドフォンの携帯が勧められていて、展示物のデモ演奏や試奏はすべてヘッドフォンを通して聴くことになります。いくつかのブースではデモンストレーターがマイクを使っていて、説明までヘッドフォン越しに聴くことができました。
ヘッドフォンで試聴すること自体は、Superbooth でも NAMM でも普通にあります。違うのは、会場全体でスピーカーを鳴らすこと自体が禁止されていた点です。
この手のイベントに行ったことがある人ならわかると思いますが、あちこちから流れてくるランダムな電子音に耳が疲れて、横にいる人ともろくに喋ることができないこともあります。半日も経つと耳がぼーっとしてくるんですよね。主催者によれば今年からの試みで、理由は「もっと意味のある会話ができるように」とのこと。まさに、私がこれまでのイベントで感じてきた不満そのものです。
全員がヘッドフォンを着用と聞くと、静まり返った部屋を想像するかもしれません。実際のところ雰囲気はいつもとそんなに変わらず、私たちも開発者の方々もヘッドフォンの扱いには慣れているので、ごく自然に電子楽器に触れているように見受けられました。
それに、自分のヘッドフォンで聴けるというのは、普段の作業環境の耳でその機材を判断できるということです。展示会場のスピーカーから鳴る音を聴くより、よほど正確かもしれません。主催者の狙いは会話のしやすさだったはずですが、結果として、聴く環境が来場者一人ひとりの手に戻ったことになります。
もっとも、気になる点もあります。各ブースには開発者があらかじめ用意したヘッドフォンが置かれていることが多く、来場者はそれを使い回すことになります。機種もバラバラですし、衛生面が気になる方もいるでしょう。私も次からは、使い慣れたものを持っていこうと思いました。
以下、会場で足が止まった機材について書いておきます。
ユーロラックの中に収まったトラッカー型のシーケンサーで、音符が縦に流れていく、あのトラッカーがそのままハードウェアになっている。DAW から来た人間には、いちばん見た目で意味がわかる機材でした。
そもそも私がモジュラーを敬遠してきた理由は二つあって、ひとつはこの手の機材はデータの保存ができないのではないかという不安、もうひとつは CV って何なんだという不勉強です。NerdSEQ はその両方を、わりと軽く超えていきました。プロジェクトは microSD に保存できますし、CV については、私が理解していなくてもこの機材が代わりに出してくれる。トラッカーの画面に音を並べれば、それがそのまま電圧になってラックに配られるわけです。
入力の自由さにも驚きました。Novation の Launchpad が完全に統合されているほか、MIDI キーボードやコントローラー、さらにはセガのゲームコントローラーまで挿さります。外部ディスプレイにも対応していて、小さな画面を覗き込まなくていい。ただしこれらは拡張基板を追加した場合の話で、本体だけで全部が挿さるわけではありません。
システム全体の値段が高いのはさておき、いつの日か、これで曲を作ってライブもしたい、そんな風に思いました。
DROID M4 Motorfader Controller
名前の通り、フェーダーにモーターが入っています。設定を切り替えると、フェーダーが自分で動いてその値の位置まで滑っていく。ユーロラックでは長年、つまみの位置と実際の値がずれるのが当たり前だったそうで、それを物理的に解決してしまったわけです。1本あたり最大800mAという消費電力の問題は、各フェーダーにスーパーキャパシタを積むことで回避したのだとか。
感心したのは、パラメーターごとにフェーダーの手応えそのものが変わることです。滑らかに動く設定もあれば、10段階、4段階と、パラメーターに応じて指に刻みが返ってくる。
それと、ランダムのスイッチを押すとフェーダーがそれぞれ勝手に上下して、そのままランダムな値になる。目の前で機械が動くので、何が起きたのかが音より先に目でわかります。こういうのは写真ではまったく伝わらない部分で、触ってみて初めてわかりました。
ベルリンのメーカー。16本のフェーダーそれぞれに独立したアプリを割り当てられます。LFO、シーケンサー、クオンタイザー、乱数生成など。DROID がフェーダーを動かして解決したことを、こちらは16シーンの保存で処理する。見た目は似ていても考え方は逆です。ユーロラックにも入りますが、単体でも動きます。
Auto Rhythm(fruku.club / 2026年Q4予定)
ブースに出ていた未発表の試作機。6ボイスの自動ドラムシーケンサーです。Genre ノブを回すと Drum & Bass と Techno が切り替わり、下に並んだ赤いボタンでリズムのエネルギーを埋めていく。low、mid、high の3段階で密度が変わり、もう一つの Fill ボタンでフィルが入ります。音源は持たず、パターンを生成してトリガーを送るだけ。デモは KAWAI の古いドラムモジュール(おそらく R-50)を鳴らしていました。
PolyPulse(λ lambda synthetics / 1999ユーロ)
5トラックのオールインワン。それぞれにシーケンサー、音源、エフェクト、XY モーフパッドがついています。
面白いのはシーケンサーの考え方で、リズムと音程を分けて扱います。リズムは複数のパルスを重ねて作り、音程は別に用意したリストから拾ってくる。だからリズムとメロディを別々に差し替えられるわけです。ステップ数や拍子という前提そのものがないので、パターンごとに長さが違って、トラック間でどんどんずれていく。結果として延々と変化し続けます。
触ってみると、80年代か90年代の大型コンソールの前に座ったような気分に。音の個性というより、すべてを手元でコントロールすることに主眼が置かれている印象でした。インプロビゼーション的なライブをやりたくなります。
KONSTRUKT-8(Erica Synths / 490ユーロ)
8つのモジュールを自分で組み立てる DIY キット。単なる半田付けキットではなく、まずブレッドボードで回路を組んで動作を確かめてから基板に移る、という手順になっています。全部組み上げるのに週末2か月間くらいはかかるようです。でもドラムの音がとにかく良かった。テクノをやるなら、ここから入っていくのがいいのかもしれません。
Spotykach Dual Looper(Synthux Academy / 999ドル)
ステレオの録音デッキを2基積んだルーパーです。テープを模した Reel、リズムを刻む Slice、グラニュラーの Drift という3つのモードがあって、最大50秒のループを扱えます。画面はなく、操作は12個のタッチパッドと LED のフィードバックだけ。USB-C で動くので単体で完結します。
デザインが素晴らしく、音もいい。ただ価格には正直びっくりしました。作っているのはロッテルダムの非営利団体で、最初のロットは20台を代表者が自分で組んだとのこと。設計はオープンライセンスで公開されているので、原理的には自分で作ることもできる。それでも完成品を買う人がいるのは、買うこと自体が団体の活動を支えることになるからでしょう。
Talko 2(Polaxis / 179ユーロ、DIY キット129ユーロ)
ベルギーのスピーチシンセ専門工房。1980年代の音声合成チップのエミュレーションで、サンプリングは使わずリアルタイムに声を作ります。数字やアルファベット、音素を喋らせて、ピッチや速度をその場でいじれる。10年前に出した初代 Talko からの後継機で、その間ずっとこの一本をやり続けているわけです。
この AI 時代に、と思わずにいられませんが、やはりその熱意に感動します。ちなみにグリッチのボタンには Error という名前がついていて、これは同じ会場に出ていた Error Instruments へのオマージュだそうです。
Melancholytron(FRAKnoise / 850ユーロ)
本とセットで売られているシンセ。というより、まずメランコリーについての本があって、シンセはその同伴者なのだそうです。つまみの名前が darkness、waiting、linger、weight。本をめくると音を出したくなり、音を出すと、うーん、メランコリックになる。背面は MIDI と出力端子だけ。モジュラーとはかけ離れた設計ですが、音楽的な表現という点でとても素敵でした。
Chase Bliss
Superbooth 2026 では常に行列ができていて触る機会がなかったのですが、この日ようやく触れて納得しました。複雑じゃない、直感的なんですね。
ブースでは Chompi Club のサンプラーで出した音がペダルエフェクターのチェーンに繋がり、仕上げにこのモーターフェーダー付きディレイに流れる、という仕組みでデモしていました。80年代初期のラックマウント・ディレイの回路を下敷きにしたハイブリッドで、アナログのプリアンプとリミッターをデジタルの処理と組み合わせています。説明が明快で見せ方もうまく、正直すぐに欲しくなってしまいました。
耳が疲れないフェス
ここ最近、自分の中で少しばかりモジュラーブームが来ていたのですが、蓋を開けてみると、モジュラー以外のものにばかり目が行ってしまいましたね。それでも NerdSEQ の前では、これならいつか自分でも曲が作れてライブもできるんじゃないかと思えました。
そして何より、朝から晩まで会場にいて耳が疲れなかった。足腰はいつも通りくたびれましたが、頭がぼーっとしないまま帰れたのは初めてです。これが一番の収穫だったかもしれません。
オランダ、ロッテルダムもとっても興味深い街でした。モジュラーシンセのコミュニティーが脈々とあるところなんですね。そのあたりの話は、note の放浪記に書こうと思います。
10月末には東京でも Festival of Modular があるそうです。二度目に見たとき何が違って見えるのか、確かめてこようと思います。









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